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HOME > 小倉正樹のニナルハズ物語 > 第1回 さあ、ニナルハズ物語を始めよう--。 2011.05.16

第1回 さあ、ニナルハズ物語を始めよう--。

ここに登場する黒のGTI、かつてオグラが所有していたものだ。 オグラは、このクルマで、“RC(レッド・チャンチャンコ)号”を造ろうとしていた。 還暦を迎えて、自分で自分を祝ってあげようと、全塗装で赤いボディカラーにしようと思っていたクルマだ。 だから、ナンバーを希望ナンバーで還暦を意味する60にした。 そんなことまでしていた。 昨年の秋頃には、後はもう全塗装をするだけというところまで来ていたのであるだ。

だが、オグラはこのRC号計画をあきらめることにした。というのは、このクルマのボディカラーが人気色の黒で、これをオグラのワガママで赤に変えてしまうことに、少なからず抵抗があったからだ。 もし、ヤングクラシックスとして、このクルマを尊重するなら、黒のままにしたほうがいいのではないか。 そして、次の誰かに渡してあげたほうがいいのではないか。
そう考えたわけである。
オグラとしては挫折したということになるが、別角度でみれば、1台のGTIがよりオリジナルの状態で残されて、近い将来にヤングクラシックスとして輝いていく可能性が生まれたということにもなる。 “レッド・チャンチャンコ号”になるはずだったクルマは、近未来、貴重なヤングクラシックスになるはずなのだ。 なんというか、将来の可能性が開けて、ここに希望が湧く。 この連載のタイトルを“ニナルハズ物語”としたのは、ほかでもない、こんなオグラの思い入れからなのである。

オグラは、ゴルフ2が大好きだ。 ゴルフ2は、オリジナルのまま、いやオリジナルにこだわって乗るのもいい。 FGXのように、部品は純正を使いながら、高年式のクルマを低年式のクルマ風に仕立てるのも面白い。 その逆ももちろんアリだ。 また、たとえばチューニングを積み重ねていって、最終的にはサーキット走行を楽しむまでになるのもよし。 さらには、状態がそこそこのクルマを購入して、ユックリとプチレストアを施していくのもよい。
そうすることで、理想のクルマに近づけていく過程を楽しむというわけだ。

オグラがハマッてしまったのは、’91年式のGTIである。 譲ってもらったのは、昨年に店を閉めてしまった大阪・茨木のラインハートから。 3年以上前になる。 その時点ですでに走行距離22万㎞を超え、内外装ともに相当にくたびれた状態だったが、大きな事故を起こした気配はなく、これなら気になる部分をシコシコ直していけば、なんの不自由もなく使えるようにクルマになるのではないか、と思ったのが、購入の動機だった。

あらかじめ、ラインハートからは「手がかかると思いますよ」といわれてはいた。 しかし、このクルマ、思った以上に手強かったのである。 驚くほど、壊れたというか、部品の交換をはじめとする修理が必要だった。 例を挙げればきりがないが、なぜかバックランプが点かなくなるなんてのはほんの序の口で、パワーウィンドーが動かなくなってしまうのも数度。
ワイパーを動かせばゴトゴトと音を出していたし、エンジンキーとキーシリンダーは摩耗が進んでいたためか、何度かひねらないと、エンジンがかからないという状態にも陥ったこともある。

どうやら、ラインハートに来る前の、ナンバーを切ってからの保管状態があまりよくなかったよう。 一番まずかったのが、おそらく室内への水漏れをそのままにしてしまったこと。 フロア水浸しの状態が長かったと思われる。 その湿気がヒューズボックスとかカプラー内の金属部分を少なからず錆びさせてしまい、電気の導通を阻害してしまうという経過。 バックランプ、パワーウインドーのトラブルは、それを原因とするもので、修理を頼んだ工場のメカニック氏を大いに悩ませた。

ちなみに、ワイパーのゴトゴト音は、解体予定のクルマからリンケージを外し、それと交換することで解決。 エンジンキーとキーシリンダーの問題は、これも解体予定車から部品を外し、交換した。 簡単にいってしまっているが、メインのキーシリンダーを替えるということは、左右ドア、ハッチバック、グローブボックスのキーシリンダーまでも替えるということであって、楽な作業ではない。 オグラは、そんなことを、シコシコ積み重ねてきたのだ。

次々と発生するマイナートラブルをひとつずつ丁寧につぶしていって、普通に動くようになったのは車検を取得して1年ほどだろうか。 苦労はしたけれど、こうしたプチレストアの過程は、結構楽しくもあった。

いずれにしても、大切なことは、ゴルフ2というクルマを後世に残していくことだ。 このオグラの黒のGTIの場合、走行距離がそろそろ25万㎞に届くものの、まだまだ使えるはず。 したがって、そこそこ整備を加えて、次の5万㎞、あるいはそれ以上を耐えられるようにすれば、将来はヤングクラシックス的に認知されるクルマになると思うのだ。

とはいえ、いかんせん、オグラひとりでまたシコシコとやっていくのは荷が重すぎる。 そこで、再びスピニングガレージのサポートを得て、次の5万㎞、あるいはそれ以上のための整備をやっていくことにしたのである。

次回は、オグラがこのクルマでトライしたモディファイをいくつか紹介しよう。 このGTIをテストベッドに、ボディ強化パーツを作ってみたり、ヤングクラシックスを気取ってみたりした。 これって、結構パワー(コストとか、忍耐とか)を必要としたのだ。

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